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3.11

10 3月 2012 No Comment

1年前の3月11日、テレビから聞こえる現実味のないニュースから、それ以前には想像もしていない現実世界が始まりました。 その日、次の日、、その次の日、、、確かな情報もないまま、東京より避難してくる沢山の友達、特に多かったのが日本在住の外国人の友達。その度に現実味のない関西で徐々にこの国で起こっているリアルな現実を感じていったのだと思い出します。 そしてみんなのバラバラな情報。。。。 今になってその時を思いだすとどの情報が正しかったのか?っと考えることもありますが、、、。
 
 始めて被災後に東北にいった時の衝撃は忘れる事はない。 普通に大丈夫だ、、被災地はどこ?遠く??と思いながら移動していた僕たちに1つの線を境界線として突然見た事もない現実感のない壊れきった街が現れた。。結局その写真はどこにも公開する事はなかったが、、記録せねば、、、とカメラをまわし続けるチームメイトのトリッキーと共に上と下が分からないぐらい頭が混乱していた、ニュースで知っているつもりだったが、遥かに想像を超えた被害と全然回復すらしていない現状、そして至る所で失った家族を想いいのり続ける人、、言葉はなかった、、、。
 津波現場とは対照的に福島はどこもとてものどかで、日本のとても素晴らしい田舎だった、しかし人が住んでいる気配がない、、どこか不自然な街になってしまっていた、、住んでいる人は老人だけ、、子供達は避難して、家族は離ればなれ、、そして立ち入り禁止エリアへ庭の花に水をあげにいっている老人。。 しかし全く見えない未来。。これからどうなっていくのか?
 しかし被災地の人達もとても優しく、そしてとても力強く生きていた! 何時間にも渡って僕たちを案内してくれたタクシーの運転手さん、、街いたる所に存在する、壮絶なドラマを時には涙とともに、、時には奇跡の命の話を、、教えてくれた。そして最後に僕たちに「ありがとう」と屈折のない笑顔で感謝をしてくれた。。。 その「ありがとう」を見て僕は人が生きる事はこんなにも素晴らしい事なんだ!とそのありがとうを見て心から感動し胸が張り裂けそうだった!

 
 この地震がもし福井県に起きていたら?? 関西は住めない土地となっていた。 この地震がもし??この津波がもし?? 僕たちの世界には問題が果てしなくある! しかし僕はその場所で力強くまっすぐ生きている人に大きな感動をもらった!そして正直に生きる事が作り出すエネルギーがまわりの人をも巻き込んでおっきな力になっていく事も覚えた! 生涯この出来事は忘れる事はないだろう、そして風化させてもだめだ!! そしてこの出来事をプラスのエネルギーに替え、今日も明日もずっと正直に全力でできる事を表現したい!!!そして共有したいです。

 被災により亡くなられたに哀悼の意を捧げます。 
 そして未だ被災されている方達の1日も早い復興を心より祈っています。 p

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